狂乱と混乱のメメントモリ死の舞踏!




死の舞踏は死の恐怖を前に人々が半狂乱で踊り狂う。

14世紀のスペイン系ユダヤ人の詩が起源とされており、『死の普遍性』が謳われ、生前は王族、貴族、僧侶、農奴としての異なる地位であることが見て取れますが、ある日突然の死によって身分や貧富の差なく、無に統合されてしまう、という死生観です。

 

 

擬人化された死が生前様々な職種だった人間たちを墓場まで連れて歩く姿が描かれることが多くあります。

 

死の舞踏の起源

多くの絵画の背景にはペストがもたらした厄災の衝撃を描くことが多い。

 

1347年から1350年の3年間多くがヨーロッパで流行し、高熱と下痢、最後には肌が黒く変色し死んで行く姿は軍役での勲章などが死の前に無力なものであるかを、当時の人々にまざまざと見せつけることとなりました。

 

それに恐怖を覚えた人々はやり場のない悲しみや怒りはペスト=ユダヤ人陰謀説に転化されユダヤ人虐殺が行われました。

教会では生き残って集まった人々に対して「メメント・モリ(死を想え)」の説教が行われ、早かれ遅かれいずれ訪れる死に備えるように説かれます。

 

恐怖と生への執着に取り憑かれた人々は、広場などで自然発生的に半狂乱になって倒れるまで踊り続け、この集団ヒステリーの様相は「死の舞踏」と呼ばれるようになりました。

その後

死を意識せよというよりは『明日死ぬかもしれぬから今を楽しめ』
という方向に変化し、メメント・モリを題材とした作品が多く描かれるようになりました。

 

死は誰にでも平等に訪れる事を皆様もお忘れなく。