天才画家!!サルバドール・ダリ



今回は、有名なスペイン画家であった”ダリ”のお話です。

まず、彼について紹介します。

サルバドール・ダリ

画像元:

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フルネームはカタルーニャ語でサルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネクといいます(ピカソよりは短い…笑)。

1904年5月11日、スペインカタルーニャ地方の富裕な商家に生まれました。幼少期から絵をが好きで、絵と隣合わせの人生だったようです。

「天才」と自称しており、数々の奇行、逸話が知られています。

続いて、彼の逸話をいくつか紹介していきます。

ダリは幼い時から、快楽と苦痛はほとんど同じものと感じていた様です。

このことは、明確な理由もないのにもかかわらず他人を攻撃していたダリの少年時代の謎を解き明かしてくれるでしょう。

その中でも最悪のエピソードは、友人と並んで橋を渡ろうとしていた際、らんかんの一部がもげているのに気づいた時に起こりました。周囲に誰もいないのを確認すると、ダリは友人を川に突き落としたのです!友人はほぼ5メートル下の、尖った岩の上に落下し、重症を負いました。

事態を聞き付け、駆けつけた母親が傷ついた息子の手当をする横で、幼き5歳のダリは静かにお座りし、笑顔を浮かべながら、手に持ったボウルからさくらんぼを食べ続けていたようです。

そのボウルの水は、友人の飛び跳ねた血で赤く濁っていたのにもかかわらず…。ダリに罪悪感はなかったのでしょうか…。

また、5歳のときのこと。

ダリが、庭で羽をバタつかせ傷ついたコウモリの世話をしていると、そのコウモリに蟻が群がり、ゆっくり食べ始めているのに気がついた。そして、ダリはかすかに震えるコウモリを持ち上げると、蟻がついたまま口の中に入れて、音を立てて、噛み砕いたのでした。

他のものにとられるくらいならと言う突発的な行動だったのでしょうか…。

大人になってからもダリは止まりません。その並外れた金銭欲からアート界で悪名を付けられていました。彼は当時、「アヴィダ・ダラーズ=ドルの亡者」と嘲笑されることがありました。これは、Salvador Dali(サルバドール・ダリ)の文字を並び替えたもの(アナグラム=文字置換)で、その貪欲さの揶揄でもありました。

ダリはその後もドルを稼ぐべく、様々なことをしました。

例えば、あの有名なチュッパチャプス。1958年、バルセローナで誕生したこのキャンディーのロゴは、彼のデザインであることを皆さんはご存知でしょうか? それに加え、チョコレートにアルカセルツァー、ブランデーのCF(テレビコマーシャル映像)にも出演している。

こんなのはまだ序の口で、ダリにはすこしばかり詐欺師の風があったそうです。彼は、ある富裕層の顧客に、100万匹のスズメバチの毒を混ぜた絵具で描いたと偽り、1枚の絵を法外な値段で売り飛ばしたことがあるそうです(これはひどい)。

そればかりではありません。

ジョン・レノンの妻のあのオノ・ヨーコにも、信じられない詐欺を仕掛けていました。オノ・ヨーコが彼の口髭を1本くださいと求めた時、その見返りに1万ドルを要求したのです。オノ・ヨーコがしぶしぶお金を払うとダリは髭の代わりに、乾かした草の葉っぱを送りつけたのです。

というのも、ダリはオノ・ヨーコが彼の髭を使って呪いをかけることを心底恐れていたからでした(はじめから売らなければ良いものを…)。

他にも、ダリはレストランでお勘定を払わないで済ます新手の詐欺もやっていました。

彼はかなりの頻度で、大勢の友人たちを高価なランチに招待していました。そして支払いの時に、意気揚々とその全額の小切手を切ってみせるのですが、このとき、ウェイターの目の前で、さりげなく小切手の裏に落書きするのが詐欺のポイントだったようです。

あのサルヴァドール・ダリのオリジナルスケッチが描かれた小切手を手にし、それを現金に変えようとする人間がいるでしょうか?

そこを利用し、その小切手は結局、レストランの支配人の家の応接間に額装され、飾られるか、あるいは画商やコレクターにお勘定額を大きく上回る高値で売られたそうです。

ダリ的には、適当に描いたイラスト1つで、友人たちへの振る舞いに成功するという寸法だったようですね。頭が良いと言うべきなのでしょうか…。

ダリは毎朝、目覚めるたびに画家は当然のこと。作家や科学者など、その日その日に自分がなりたいものになろうとしました。彼はなによりもショー・マンであったからです。

その彼のショー・マンぷりがわかるエピソードが、1955年のこと。

彼はカリフラワーを満載にしたロールスロイスで、スピーチ会場に乗りつけました。これは当時ダリが、カリフラワーのその形に強く心をひかれていたからです。

彼によると、微細な同じ形=構造が無限に増殖を繰り返し生成するカリフラワーは、それ自体が、宇宙生成のシンボルとも呼べるものでした。後のフラクタル幾何学をダリはある意味、先取りしていたのかもしれません。

またそれを上回るのが、自分の本「サルヴァドール・ダリの世界」を売りさばこうとしたときのことです。

ダリはマンハッタンのとある書店の真ん中に、病院用ベッドを持ち込みます。そして自らそこに横たわり、自身の周囲に、彼の脳波を計るニセの医者と看護婦をはべらせました。そしてこれは本を買ったお客に、もれなくダリの脳波のコピーをプレゼントするという珍奇なサービスだったのでした。

このように少し狂った奇行を繰り返すダリに、当時人々は芸術面だけでなく、いつしか心を奪われていたのかもしれませんね。

また、ダリ自身もこういった感性や発想があったからこそ今でも有名な作品を生み出せていたのかもしれませんね。