「子どもの幸せと平和」を願って!いわさきちひろ

今回は水彩画の挿し絵で有名ないわさきちひろさんについて!

 

画像元:https://chihiro.jp/azumino/exhibitions/20170608/

 

壮絶な生涯

生まれは裕福でラジオや蓄音機、オルガンなどのモダンな品々がありました。戦争中2度満州へ行ったり夫の自殺を経験し、それでも絵を描き続けました。

 

1946年(27歳)
日本共産党の演説に深く感銘し、勉強会に参加したのち入党しました。党支部会議で演説していた青年松本善明と2度目の結婚をします。

 

それはちひろの画家としての活動を制限しないなど、お互いの立場を尊重しようとする姿勢の条件が付いたものでした。

 

画風

初めはデッサンと油絵を学びます。
 
 

画像元:https://chihiro.jp/azumino/exhibitions/20170608/
 

戦後油絵と水彩画を描いていましたが、油絵をやめ水彩画に専念するようになりました。
 

子どもを題材とした作風で少女の理想のような絵が多く描きました。
 
 

画像元:https://chihiro.jp/azumino/exhibitions/20170608/
 
 
44歳の時「子どものしあわせ」という雑誌の表紙を描く。

これは「子供を描いていればちひろの好きなように書いていい」という仕事で子供について深く考えを持つ、ちひろにとっては願ってもない仕事でした。

 

死後

ちひろの没後も、ちひろの挿絵は様々な場面で用いられます。
 
 
そのひとつが1981年の窓ぎわのトットちゃん(黒柳徹子著、講談社)です。
夫の善明と一人息子の猛はちひろの足跡を残すために、1977年9月 自宅跡地にちひろの個人美術館として
 
 

画像元:https://chihiro.jp/tokyo/exhibitions/
 
 
いわさきちひろ絵本美術館を開館しています。