世界最大級の国立美術館 ルーヴル美術館の歴史

ルーヴル美術館は、フランスのパリにある国立美術館です。

“世界最大級の美術館”であり、“世界最大級の史跡”1つです。

パリ中心部のセーヌ川右岸に位置しています。収蔵品の数はなんと380,000点以上もあります。

総面積60,600㎡の展示場で現在も公開されています。

 

世界で最も入場者数の多い美術館と言われており、毎年800万人を超える人々が訪れています。2018年にはなんと来場者数が1000万人を超えました。

フランスの観光地として非常に人気であるルーヴル美術館には、建物そのものに様々な歴史が数多くあります。

 

 

歴史

ルーヴル美術館は、12世紀にフランス王フィリップ2、当初は戦争のために要塞として建設したルーヴル城(ルーヴル宮殿)が元でした。

16世紀のフランソワ1の頃に改築計画が始まり、それ以来幾度となく増改築が繰り返され、現在の建物となっています。

歴代フランス王の王宮(邸宅)として使用されてきたルーヴル宮殿でしたが、1682年にフランス王ルイ14が、自身の王宮に「ヴェルサイユ宮殿」を選んだことがキッカケで、ルーヴル宮殿の役割は1692年以来収集されてきた古代彫刻などの王室美術品コレクションの収蔵兼展示場所となりました。

 

1692年にはルーヴル宮殿に、フランス学士院碑文・美文アカデミー王立絵画彫刻アカデミーが設置されました。アカデミーに関してはその後100年に渡り、ルーヴル宮殿に設置されていました。

そして、憲法制定国民議会で、ルーヴル宮殿をフランスが保有する数々の優れた美術品を展示する「美術館」として使用することが決定されました。美術館として正式に開館したのは1793年のことです。

 

この頃は、王室の所有絵画またはキリスト教教会財産から没収された絵画を中心とした537の絵画が展示されていました。

しかしこの3年後の1796年に、建物の構造上の問題が発覚し、一時的に閉館されましたが1801年に再度開館しました。

 

ナポレオンのおかげ?

フランス皇帝ナポレオン1、戦争に勝った諸国から美術品を収奪したことで、所蔵品はどんどん増えていきました。

一時期、そのこともあり美術館の名前を「ナポレオン美術館」改名したこともあったようです。

 

しかしその後、「ワーテルローの戦い」敗戦でナポレオンがフランス皇帝位を追われることとなり、ナポレオン軍が戦争に勝った諸国から収奪した美術品の多くが元々の持ち主の元へ返還されてしまいました。

 

王政復古により、フランス王となったルイ18シャルル10の”統治時代”と”フランス第二帝政時代”で、ルーヴル美術館の所蔵品はさらに増え続けていき、なんと20,000を超える美術品が集められました。

その後の”フランス第三共和政”の時代にも所蔵品は遺贈寄贈などで段々と増えていきました。

 

作品の部門

所蔵品はあまりにも多く1日では美術館をまわりきれないと言われるほどで、作品も以下の8部門に分類されています。

 

・古代エジプト美術部門

・古代オリエント美術部門

・古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門

・イスラム美術部門

・彫刻部門

・工芸品部門

・絵画部門

・素描・版画部門

 

どの部門も実に興味深いですが、全てをじっくり見てまわるのは難しいですね。

有名なだけでなく日本人が訪れる観光スポットとしてとても人気なので行ってみて損はありません。