【3分解説】”異端児”ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョってどんな人?




人物紹介

名前︰ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

通称︰カラヴァッジョ(ミケランジェロにしなかった理由に関しては以前ミケランジェロという有名な画家がいたため被るのが嫌だったとのこと)

生没年︰1573年~1610年

性格︰彼の性格はとても粗暴であったため、破天荒な人生を送っていました

彼は人生を送る上で何度も喧嘩を起こしたことや、果てには殺人まで犯して逃亡生活を送ったこともあります。

しかし、その逃亡生活の中でも彼は絵画を描くことは辞めず、制作を続けていました

絵に関しては一直線だった彼は逃亡生活の最中、ナポリからローマへ向かう途中に息を引き取りました。

 

伝えたい点

・彼の写実性

当時の宗教画のスタイルとしては、イエスやマリアは聖性を強調して描かれていたのに対し、カラヴァッジョはイエスやマリアをも世俗的な人間として描いていました。

また人間の感情の機微を細やかに捉え、それを登場する人物や背景で表現していました。

 

・陰と陽のコントラストの秀逸さ

彼の作品を語る上でこれもまた外せない要素です。

彼の作品の大多数は光と影のコントラストがハッキリしています。

当時は光と影をハッキリと分けた手法はあまり使われておらず、穏やかな色彩のものが多かったようです

彼の絵は光と影のハッキリとしたコントラストを使うことによって先にも述べたがより現実的な場面を描くことが出来たのではないかと思います。

 

・彼の作品から感じるもの

彼はその作風から当時は敵が多く、依頼をした聖堂からも受け取りを拒否されるようなこともあった異端児です。

しかし、その写実主義とも言えよう作風は彼の信念のようなものを感じさせます。

彼がどれだけ他人に何を言われようとその信念を持ち続けた姿勢に感動を覚えました。

 

 

紹介する作品

・聖母の死

当時の死を題材にした絵画は象徴的な死を描かれたものが多く、現実的な死の場面を描いたこの作品は極めて斬新で、当時の背景からは「品性が欠けている」とされ、依頼をしていたサンタ・マリア・デッラ・スカラ聖堂は受け取りを拒否した逸話も残されています。

画像元:https://tnj010.com/archives/377

 

・ロザリオの聖母

カラヴァッジョが残した祭壇画の代表作の1つ。

この作品は「慈悲の七つのおこない」のすぐあとにドメニコ修道会聖堂のために制作された説もあります。

この作品はとても迫力のある作品だが、その秘密は構図に隠されていました。

聖母を中心とし、左右のドメニコ修道士からなる三角形の構図は当時の背景では描かれなかったこの構図はカラヴァッジョの独特な感性を如実に表していると言えます。

画像元:http://art.pro.tok2.com/C/Caravaggio/Str026.htm

 

・執筆する聖ヒエロニムス
この作品は、ラテン教会四大博士の一人で聖パウロを弟子にし、ウルガタ聖書の翻訳も行った聖人「聖ヒエロニムス」が執筆している場面を描いたものです。

彼の作品の特徴である赤い衣も登場しています。

この作品では、見慣れてしまいがちな横画面の絵画ではあるのですが、聖ヒエロニムスと髑髏が「生と死」を表し、光と影のコントラストがこの絵に独特な緊張感を醸し出しています。

画像元:http://www.1zoom.me/ja/wallpaper/533200/z7256.4/1400×1050

 

参考文献︰名画の本音(著 木村泰司)
名画の謎解き(著 木村泰司)
カラヴァッジョへの旅天才画家の光と闇(著・宮下規久朗)