クズすぎる!?太宰治や夏目漱石など文学者たちの驚愕クズエピソード集!

作家や小説家など、「文学者」と呼ばれる人たちは数々の素晴らしい作品を残してきました。

しかし、素晴らしい作品を残してきたからといって誰もが素晴らしい人間であるとは限りません。

中には”クズすぎる”逸話を持つ文学者もいます。

太宰治や石川啄木などは”クズすぎる文学者”としても有名ですよね。

今回はそんなあまりにもクズすぎる文学者たちのエピソードをご紹介していきます。

偉人たちにクズと言うのも気が引けますが、今回はご了承ください。

 

夏目漱石

画像元:https://ja.wikipedia.org/wiki

【夏目漱石】(1867〜1916)

代表作「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「三四郎」「こころ」など

 

夏目漱石は執筆中、暇を見つけては鼻毛を抜いて原稿用紙の端に並べて遊んでいました。

原稿を受け取る側の気持ちなど微塵も考えていなかったようです。

受け取った側の発言で、原稿用紙には10本ほどの鼻毛が残っていたようです。

 

漱石は大の甘党で、ジャムをひたすら舐め続け、1日で1瓶を舐めきったそうです。

昔は今ほどスイーツもなかった時代ですので、ジャムなんかはスイーツの類だったのでしょう。

この時、胃を悪くしており、医師に甘いものを止められていたのにも関わらず、毎日ジャムを舐めていたようです。

 

妻の鏡子が数度目の妊娠の時、漱石は来訪していた友人に「本当に女は妊娠ばかりしやがって、どうしようもない」と愚痴をこぼしました。

その愚痴に対して友人は真顔で「そりゃ奥さんも悪いかもしれないが、妊娠させる君も悪い」と言いました。

とんでもないクズ男ですね。ドン引きです。

 

漱石はとんでもなくタチの悪いDV親父だったようで、妻はもちろん娘にまで手をあげていたようです。

下駄履きのままで頭など部位は関係なしに蹴ったり踏みつけたり、手に持ったステッキを滅茶苦茶に振り回して全身を打ちつけるなど極悪非道でした。

物静かそうなイメージとは裏腹にクズすぎますね。

 

芥川龍之介

画像元:https://bookvilogger.com/akutagawaryunosuke

【芥川龍之介】(1892〜1927)

代表作「羅生門」「河童」「鼻」「歯車」

 

芥川龍之介は関東大震災の際、家族置いて自分だけ真っ先に逃げました。

家族を守ろうという考えには及ばず、逃げないとという考えしかなかったようです。

後で奥さんに死ぬ程怒られたそうですよ。

 

芥川龍之介は当時”超”がつくほどイケメンだったようですが、風呂嫌いで風呂に入らなかったため、めちゃめちゃ”臭い”残念イケメンだったようです。

これらのことからもあまり周りのことを考えてなかったようですね。

 

太宰治

画像元:https://ja.wikipedia.org/wiki

【太宰治】(1909〜1948)

代表作「人間失格」「斜陽」「ヴィヨンの妻」「走れメロス」

 

文学者の中でも特に”クズ”で有名な彼は、本当にどうしようもない人間だったようです。

有名な話ですが、太宰治は学生の頃実家からの仕送りで生活しており、その仕送りで毎晩飲みあかしたりしていたようです。

それだけでなく、にも手をだしたりしていました。

卒業後も働かず、仕送り頼りの生活を過ごしており、その仕送りがストップすると今度は精神を病んで精神病院へ入院しました。

もうどうしようもなかったようです。

 

太宰治の奥さんに頼まれて、熱海にいる太宰にお金を届けにいった檀一雄

しかし、そのお金で2人は豪遊してしまい、宿代が払えなくなりました。

そこで太宰治が「菊池寛にお金を借りてくる」と、檀を”借金のカタ”として熱海に残し、東京に戻りました。

しかし、いつまで待っても太宰が戻ってこないので、檀とその宿の人が東京に帰ると、太宰治は師匠である井伏鱒二の家で呑気に将棋を指していました。

檀が怒って問いただすと、太宰は今にも泣き出しそうな顔で待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかねと意味不明なことを言いだしました。

いや、どう考えても待つ方が辛いに決まっているでしょう…(笑)

 

太宰は女癖の悪さでも有名です。

死にたいと嘆いており、その度恋人に心中を持ちかけては自分だけ助かるというのを何度も繰り返していました。

また、結婚してからも何人もの愛人を作り、愛人からお金をもらってはそれを贅沢な飲み食いに使ったり、妻子の生活費にあてたりと、クズっぷりは止まりません。

 

愛人の1人に小説のネタ目当てで近づき、相手が子供を欲しがったため、妻子がいるにも関わらず子供を産ませます。

小説のネタと交換のつもりだったのでしょうか。

その愛人に子供ができてからは、その愛人を完全に無視して新たな愛人を作っていました。

その愛人が弟と共に子供のことについて太宰の元へやってきたときは、2人を飲み会に参加させて子供の話をはぐらかしていたといいます。

 

太宰が病気に侵されていた時、医者からも妻からも酒、タバコを禁止されていました。

それにも関わらず、毎日のようにお酒を飲んだり、忠告をフル無視で麻薬中毒になって入院し、さらに病んだりと誰も手がつけられませんでした。

 

太宰は芥川龍之介を尊敬しており、どうしても芥川賞が欲しかったようです。

しかし、選考委員であった川端康成「太宰は私生活に問題がある」と言いだしました。

それに激怒した太宰が川端に対し「小鳥と歌い、舞踏を踊るのがそんなに高尚か。刺す」と反論します。

川端は太宰のあまりの様子に「私生活の件は言いすぎた。しかし、作品はつまらなかった」と返し、さらに炎上しました。

 

川端康成

画像元:https://matome.naver.jp/odai/2140493096757473701

【川端康成】(1899〜1972)

代表作「伊豆の踊子」「雪国」「千羽鶴」「眠れる美女」「古都」

 

川端康成は非常に寡黙な人で、他人のことをジロジロと見つめる癖があったようです。

相手にプレッシャーを感じさせるほどの目力がありました。

川端は書籍の打ち合わせの際に、相手の女性編集者をいつものように一切話さずジロジロと見つめていました。

その目から発せられるあまりのプレッシャーに耐えかねた女性編集者はついに声をあげて泣き出しました。

その様子をさらにじっと見つめて「どうしたのですか?」と言いました。

悪気があったのかなかったのか定かではありませんが、この目力で他の人にもプレッシャーを与えていました。

 

川端はお金を借りようと菊地寛の家に上がり込みます。

そして、一言も発することなくただ菊地をじっと見つめ、菊地に金を出させました。

菊地もそのプレッシャーから全てを察したのでしょう。

いや、太宰に私生活のこと言える立場なの?

 

菊地寛

画像元:https://ja.wikipedia.org/wiki

【菊地寛】(1888〜1948)

代表作「屋上の狂人」「父帰る」「無名作家の日記」「恩讐の彼方に」

 

菊地は自身の会社で「卓球・将棋禁止令」というものを出しました。

その名の通り卓球と将棋をしてはならないというものです。

しかし、これに一番苦しんでいたのが他の誰でもない菊地本人だったのです。

そして、ついにこの禁止令が破られてしまいます。

菊池寛本人によって。

彼にとってルールとは?

 

菊地はギャンブル好きで、麻雀や競馬に熱中していました。

そんな菊地はある名言?を残しています。

「ギャンブルは、絶対使っちゃいけない金に手をつけてからが本当の勝負だ」と語っています。

”迷言”ですね。

 

石川啄木

画像元:https://ja.wikipedia.org/wiki

【石川啄木】(1886〜1912)

代表作 歌集「一握の砂」

 

石川啄木は、自身の歌集「一握の砂」に収録されている歌の一節である「働けど働けど」の詩でも有名ですが、全然働かないことでも有名でした。

借金を踏み倒しては遊びに行ったり、朝まで飲みあかしたりしていました。

そもそも啄木は、借金をしておきながら全く返す気が無かったそうです。

その上、金田一京介から盗んだお金で遊郭に遊びに行っていたのです。

これだけに止まりません。

 

 啄木は文学で身を立てるために上京していました。

そして、婚約していた後に妻となる節子と結婚式すをあげるために「東京を出た」と節子へ手紙を出します。

彼が戻れば、そのまま結婚式を行う予定となっていました。

全ての準備を済ませ、節子は白無垢姿で待っていました。

ところが啄木は盛岡への汽車を途中下車し、結婚式をすっぽかしました

「失業した父親の面倒をみるのが嫌だったから」というなんとも無責任な理由でした。

啄木は、結婚式予定日から5日経ってようやく節子の前に現れたそうです。

 

啄木は自身の文才に慢心し、新聞記者として働いていたものの、遅刻や欠勤は当たり前だったそうです。

その上とんでもない勤務態度だったといいます。

単身赴任で釧路の新聞社で働きますが、妻子への仕送りはほとんど無かったようで、節子は身の回りのものを全て質に入れ、借金するようになっていました。

しかし、啄木はそんなことお構いなしで当たり前のように毎晩飲み歩いていました。

 

啄木はある日、勤めの帰りに「奢るから」と言って森田草平を飲みに連れ出します。

お会計の際、森田に上手く言って奢ってもらいます。

その後、森田が仕事があるからと帰ろうとすると「今度こそ僕が奢るから」と無理を言ってまた次の店に連れて行きます。

しかし、ここでもまた奢ってもらいます。

二軒も連れ出しておいてさらに森田からお金を借り、その借金で帰りに娼婦を買いました。

啄木の遊び癖や浪費癖はひどいものだったようです。

 

啄木に一番お金を貸していたとされる宮崎郁雨という人物が、啄木の借金総額を発表しました。

彼によると借金の総額は1372円50銭で、今の価値で換算すると約1500万円

63人から借りていたようです。

そもそも返す気の無かった啄木からすると、借金で悩むことは無かったようですね。

 

その他の文学者の逸話

中原中也

中原中也は酔うと、真夜中にも関わらず太宰治の家に行き、「バーカバーカ!」と低俗な嫌がらせをしていました。

太宰治も怒れば良いものを布団を被って泣いていたようです。

また、このことからわかるように中也は喧嘩好きで、行きつけの酒場で片っ端から喧嘩をふっかけていたため、誰もその店に寄りつかなくなってしまい、中也のせいで店はつぶれてしまったそうです。

 

深田久弥

寝たきりの妻に小説を書かせ、それを自分の作品として発表していた非道の権化。

川端康成らに厳しくたしなめられたこともあったようですが、妻が寝たきりでバレないと思い不倫をします。

その不倫相手との間に子供までもうけ、後にそれが妻にバレて離婚しました。

 

宮沢賢治

宮沢賢治は「性欲は人をダメにする!仕事の邪魔になる!」と言いつつも、大の春画コレクターで積めば高さ30センチにもなるほど収集していました。

しかし、彼は結局童貞のままでその生涯を終えます。無念。

 

坂口安吾

坂口安吾は、親友である檀一雄の家に転がり込んでいた時期がありました。

壇の家で大量の睡眠薬を飲み、意識が朦朧としている中で、何を思ったのか突然カレーライスを100人前注文していたそうです。

意味不明すぎて逆に笑っちゃいますね。

 

三島由紀夫

三島由紀夫は鳥肌が立つほどカニが嫌いで、「蟹」という漢字さえも嫌っていました。

 

最後に

どれだけ人を惹きつける素晴らしい作品を残していても、人間としてはどうしようもない人たちでしたね。

もちろん文学者の中には素晴らしい人たちもいるので、文学者=クズだとは思わないでください。

彼らの人間性はともかく、彼らの作品はこれからも多くの人たちに影響を与え続けていくことでしょう。

 

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