『線の魔術』アルフォンス・ミュシャの生涯やその人を惹きつける魅力を解説!

あなたは、アルフォンス・ミュシャという人物をご存知だろうか…..。

 

プロフィール

本名:アルフォンス・マリア・ミュシャ Alfons Maria Mucha
(1860年7月24日 – 1939年7月14日)

出身:チェコ、片田舎モラビア地方

職業:画家、イラストレーター、グラフィックデザイナー

 

最もミュシャの名が知られているのは「ポスターの仕事」です。

他にも、装飾パネル、カレンダー等を制作いていました。

 

出世前

パリへ出て来て、印刷会社で挿絵やカレンダー等のデザインのバイトをして細々と暮らしていました。

そのため挿画本分野の作品も数多くあります。

 

挿絵を描いていた理由

パリでの初期苦闘時代のミュシャは雑誌の挿絵によって生計を立てていました。

次第に認められ、パリの大出版社、アルマン・コランの挿画家として活躍するようになります。

 

出世作品


1895年、舞台女優サラ・ベルナールの芝居のために作成した『ジスモンダ』 のポスターです。

 

代表作完成の理由

これはベルナールが年の瀬に急遽ポスターを発注することにしたが、主だった画家が休暇で不在だったため、印刷所で働いてたミュシャに飛び込みで依頼しました。

ミュシャは「やります!」と一言、出来上がったのが上記『ジスモンダ』です。

拝見したベルナール「大感激!6年契約!」。

 

一夜にしてミュシャは時代の籠児となりました。

 

絵の特徴

星、宝石、花(植物)などの様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用したデザインです。

ミュシャの初期の作品はとても色鮮やかですが、年月を重ね、淡い色使いスタイルが完成したのは後期の作品です。

ポスターに並び、装飾パネルも数多く手がけている。2点ないし4点のセットの連作が多く、いずれも女性の姿を用いて様々な寓意を表現しています。

 


 

日本にミュシャの挿絵作品!?

ミュシャの挿絵やイラストが、明治時代の文学雑誌『明星』において、挿絵を担当した藤島武二により盛んに模倣されました。

有力コレクションの一つは日本にある。

堺市が所有し、堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館で一部が展示されている「ドイ・コレクション」です。

 

堺市立文化館アルフォンス・ミュシャ館ホームページ:https://mucha.sakai-bunshin.com/