実はサイコパスだった天才画家!サルバドール・ダリ

今回は、スペインの有名な画家であった”ダリ”についてご紹介します。

大きく綺麗な瞳に、特徴的で自由自在な”髭”がトレードマークの天才芸術家だったダリ。

この顔に見覚えはないでしょうか?

被写体としても有名だったダリは、その芸術性と自身のユーモアで多くの人に愛されていました。

 

しかし、そんなダリが、実はとんでもない人物だったのです…..。

 

 

人物

サルバドール・ダリ

画像元:http://daliari.blog64.fc2.com/blog-entry-394.html

 

フルネームはカタルーニャ語でサルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク

1904年5月11日、スペインカタルーニャ地方の富裕な商家に生まれました。

幼少期から絵をが好きで、絵と隣合わせの人生だったようです。

「天才」と自称しており、数々の奇行、逸話が知られています。

そんな彼の作品・逸話をいくつか紹介していきます。

 

 

作品

『記憶の固執』1931年

 

『大自慰者』1929年

 

『十字架の聖ヨハネのキリスト』1951年

 

『素早く動いている静物』1956年

画像元:https://www.musey.net/artist/3 

 

これらの作品を見てわかるように、どれも独特なタッチや、独自の世界観を持って描かれていますね。

まさに「天才」と言わざるをえないほど、惹きつけられる作品ばかりです。

 

しかし、これらの作品に共通するダリ独自の世界観には、ダリ自身の生い立ち性格などが顕著に現れているように感じられます。

そんなダリの生い立ちや性格がわかる逸話をいくつかご紹介していきます。

 

 

ダリの代表作『記憶の固執』についてはこちら↓

ダリの『記憶の固執』時計が溶けているワケとは!?

11/01/2018

 

 

逸話(サイコパスエピソード)

ダリは幼い時から、快楽と苦痛はほとんど同じものと感じていた様です。

このことは、明確な理由もないのにもかかわらず他人を攻撃していたダリの少年時代の謎を解き明かしてくれるでしょう。

画像元:plginrt-project.com

 

①友人を…..

その中でも最悪のエピソードは、友人と並んで橋を渡ろうとしていた際、らんかんの一部がもげているのに気づいた時に起こりました。

周囲に誰もいないのを確認すると、ダリは友人を川に突き落としたのです。

友人はほぼ5メートル下の、尖った岩の上に落下し、重症を負いました。

事態を聞き付け、駆けつけた母親が傷ついた息子の手当をする横で、幼き5歳のダリは静かにお座りし、笑顔を浮かべながら、手に持ったボウルからさくらんぼを食べ続けていたようです。

そのボウルの水は、友人の飛び跳ねた血で赤く濁っていたのにもかかわらず…。

ダリに罪悪感はなかったのでしょうか…。

 

②コウモリを…..

また、5歳のときのこと。

ダリが、庭で羽をバタつかせ傷ついたコウモリの世話をしていると、そのコウモリに蟻が群がり、ゆっくり食べ始めているのに気がつきました。

そして、ダリはかすかに震えるコウモリを持ち上げると、蟻がついたまま口の中に入れて、音を立てて、噛み砕いたのでした。

他のものにとられるくらいならと言う突発的な行動だったのでしょうか…。

ここまで聞いただけで十分に”サイコパス”だと言えますね。

 

③金銭欲

そんなサイコパスなダリは大人になってからも止まりません。

その並外れた金銭欲からアート界で悪名を付けられていました。

彼は当時、「アヴィダ・ダラーズ=ドルの亡者」と嘲笑されることがありました。

これは、Salvador Dali(サルバドール・ダリ)の文字を並び替えたもの(アナグラム=文字置換)で、その貪欲さの揶揄でもありました。

 

ダリはその後もドルを稼ぐべく、様々なことをしました。

 

例えば、あの有名なチュッパチャプス

1958年、バルセローナで誕生したこのキャンディーのロゴは、彼のデザインであることを皆さんはご存知でしょうか?

それに加え、チョコレートにアルカセルツァー、ブランデーのテレビコマーシャル映像にも出演しています。

これらはまだまともな方です。

 

④詐欺…!?

実は、ダリにはすこしばかり詐欺師っぽい部分があったそうです。

彼は、ある富裕層の顧客に、100万匹のスズメバチの毒を混ぜた絵具で描いたと偽り、1枚の絵を法外な値段で売り飛ばしたことがあるそうです。

 

そればかりではありません。

ジョン・レノンの妻のあのオノ・ヨーコにも、信じられない詐欺を仕掛けていました。

オノ・ヨーコが彼の口髭を1本くださいと求めた時、その見返りに1万ドルを要求したのです。

オノ・ヨーコがしぶしぶお金を払うとダリは髭の代わりに、乾かした草の葉っぱを送りつけたのです。

というのも、ダリはオノ・ヨーコが彼の髭を使って呪いをかけることを心底恐れていたからでした(はじめから売らなければ良いものを…)。

 

⑤新手の詐欺!?

他にも、ダリはレストランでお勘定を払わないで済ます新手の詐欺もやっていました。

彼はかなりの頻度で、大勢の友人たちを高価なランチに招待していました。

そして支払いの時に、意気揚々とその全額の小切手を切ってみせるのですが、このとき、ウェイターの目の前で、さりげなく小切手の裏に落書きするのが詐欺のポイントだったようです。

 

あのサルヴァドール・ダリのオリジナルスケッチが描かれた小切手を手にし、それを現金に変えようとする人間がいるでしょうか?

そこを利用し、その小切手は結局、レストランの支配人の家の応接間に額装され、飾られるか、あるいは画商やコレクターにお勘定額を大きく上回る高値で売られたそうです。

ダリ的には、適当に描いたイラスト1つで、友人たちへの振る舞いに成功するという寸法だったようですね。

頭が良いと言うべきなのでしょうか…。

 

⑥奇行

ダリは毎朝、目覚めるたびに画家は当然のこと

作家や科学者など、その日その日に自分がなりたいものになろうとしました。

 

彼はなによりもショー・マンであったからです。

その彼のショー・マンぷりがわかるエピソードが、1955年のこと。

彼はカリフラワーを満載にしたロールスロイスで、スピーチ会場に乗りつけました。

これは当時ダリが、カリフラワーのその形に強く心を惹かれていたからです。

彼によると、微細な同じ形=構造が無限に増殖を繰り返し生成するカリフラワーは、それ自体が、宇宙生成のシンボルとも呼べるものでした。

後のフラクタル幾何学をダリはある意味、先取りしていたのかもしれません。

 

またそれを上回るのが、自分の本「サルヴァドール・ダリの世界」を売りさばこうとしたときのことです。

ダリはマンハッタンのとある書店の真ん中に、病院用ベッドを持ち込みます。

そして自らそこに横たわり、自身の周囲に、彼の脳波を計るニセの医者と看護婦をはべらせました。

そしてこれは本を買ったお客に、もれなくダリの脳波のコピーをプレゼントするという珍奇なサービスだったのでした。

 

このように少し狂った奇行を繰り返すダリに、当時人々は芸術面だけでなく、いつしか心を奪われていたのかもしれませんね。

 

また、ダリ自身もこういった感性や発想があったからこそ今でも有名な作品を生み出せていたのかもしれませんね。

 

 

ダリの代表作『記憶の固執』についてはこちら↓

ダリの『記憶の固執』時計が溶けているワケとは!?

11/01/2018